【な】

曲名 解        説
「夏 の 曲」

2000.8.6up
吉沢検校 作曲 松坂検校 増補(手事手付) 

 
いそのかみ、(奈良県天理市:石上(いそのかみ)寺) 古き都のほととぎす、
      
声ばかりこそ昔なりけれ。
』 素性法師
  ・・・古い都の石上寺で、ほととぎすの声を聴くが、ほととぎすの声だけは、昔のままである。

 『夏山に   こひしき人(ほととぎすの恋しく思う相手)や入りにけん、  
      声ふりたてて(声をかぎりに)鳴くほととぎす。』
  紀秋岑
  ・・・夏山に、ほととぎすの恋しく思う相手が入ってしまったのであろう、
    声をかぎりに鳴いているではないか。

 『蓮場(はちすば)(ハスの葉)の  濁りにしまぬ心もて(泥水に染まらない清い心)
      何かは(どうして)露を    玉とあざむく。(見せかける)  』  
僧正遍昭
  ・・・ハスの葉は、泥水の中にあっても、その濁りに染まらない、清い心を持っているのに
    どうして、葉の上の露を、玉と見せかけるのか。

 『夏と秋と  行きかふ空の通い路は、(往来)
      かたへ(通路の片側)涼しき     風や吹くらん。』  
躬恒
  ・・・去ってゆく夏と、これから来る秋とが、空の通路で行き交うときは、
    道の片側に涼しい風が吹くことであろう。

この曲は、吉沢検校(1800〜1872)の作曲で、古今組(千鳥の曲・春の曲・夏の曲・秋の曲・冬の曲)の一つ。
明治の中頃、松坂検校により手事が加えられている。
雅楽の調子を基にした古今調子で作られている。歌詞は「古今和歌集」から夏の歌、四首を選び
組歌としている。


根曳の松

2003.1.1up
三津橋勾当 作曲 八重崎検校 (箏手付) 松本一翁 作詞

 『神風や(伊勢の枕詞)、伊勢の神楽の学(まね)びして(まねをして)
(浜荻は伊勢の名物)にはあらぬ笛竹の、
音も催馬楽(さいばら)に催馬楽をうたう調子で音も冴え)、吹き納めばや。』
  *催馬楽・・・元、平安朝時代の近畿地方の民謡で、のち宮廷に入り雅楽となり貴族の宴席などで
          管絃の伴奏で歌われた。

 『難波津(大阪付近の地。津は港)のなにはづの、
芦原に(芦は難波の名物で芦の生えている原のこと)昇る朝日のもとに住む、
田簑(大阪市天王寺あたり)の鶴の声々を、琴の調べに聞きなして(聞き取って)、』

 『軒端に通ふ春風も、菜蕗(ふき)や茗荷(みょうが)のめでたさやに(菜蕗組の箏曲)
  *菜蕗組の箏曲・・・組唄菜蕗(一名越天楽)に「菜蕗というも草の名、茗荷というも草の名。
              富貴自在徳ありて、冥加あらせたまへや。」とある。
野守(野の番人)の宿の門松は、老ひたるままに若みどり、世も麗らかになりにけり。』

 『そもそも松の徳若(常若のなまり)(徳若万才に掛ける)、万才祝ふ君が代は、
蓬が島(よむぎがしま)(蓬莱の島・・・中国人が考えた一種の理想郷)もよそならず(ほかのものではない
秋津島(日本国の異称)てふ国の豊かさ。』


この曲は、三津橋勾当(1800ごろ?)の作曲で 八重崎検校 箏手付 松本一翁 作詞の曲です。
前奏(二上り)−前歌−手事−中歌(三下り)−手事−中歌(本調子)−手事−(初段)−(二段)−後歌(二上り)
の構成で、正月の初めての子(ね)の日に松の寿命の永さにあやかって松を引き抜く遊びがあったことから
子の日の遊びに根延びをかけて曲名を「根曳の松」としたとも言われています。 



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